「とりあえずAIで画像を作れば、それっぽくなるし楽でいいよね」
そんな感覚で、アイコンやサムネイルにAI画像を使っていませんか?
たしかにAIを使えば、特別なセンスがなくても一瞬でそれっぽい画像が手に入ります。
ですが、その何気ない効率化のせいで、見込み客を自ら遠ざけてしまっているとしたらどうでしょうか?
「なぜか自分の発信が見てもらえない」
「一生懸命書いているのに、信頼されている実感が持てない」
もしあなたがそう感じているなら、その原因はAI画像にあるかもしれません。
この記事では、読者・視聴者の視点から「なぜAI画像がダメなのか」という本質的な理由と、じゃあ具体的にどういう姿勢で情報発信していけばいいのか?という話をしていきます。
AI画像はとにかく嫌われている
今のネット界隈には、AI画像に対して強い忌避感を持っている人がかなりたくさんいます。
Twitterで「AI 画像」とか「AI サムネイル」みたいなキーワードで検索してみてください。
上記の引用の通り、AIだと気づいた瞬間に読む気、観る気を失ってしまう人がそれなりに存在します。
(ここでは「AIで画像を作ることの是非」については触れません)
「AIを使ってるなんて手抜きだな」「不誠実だな」という印象を持たれてしまった時点でブラウザバックです。
サムネイルやアイコンをパッと見られた段階で「あ、これはないわ」と避けられてしまうのは、情報発信者としてあまりにもったいない機会損失だと思いませんか?
AI画像には「どこかで見たことがある」感がある
情報発信で最も致命的なのは、その他大勢に埋もれてしまうことです。
読者や視聴者があなたをフォローしたり、チャンネル登録したりする最大の動機は「この人は他の人とは違う」という期待感です。
にも関わらず、発信の顔ともいえるサムネイルやアイコンをAIに丸投げしてしまうとどうなるでしょうか?
「あ、これ他のところでも見たな」という既視感
「どうせ中身もAIで適当に作ったんでしょ」という憶測
「ラクして稼ぎたいだけの人」というネガティブなラベル
上手く説明できませんが、AIで生成した画像には、やっぱりAIっぽさがありますよね。
読者・視聴者がそのAIっぽさを感じた瞬間、あなたは独自の価値を持つ発信者ではなく「なんかよく分からんけどAIを使ってラクをしようとしている人」という印象になってしまうわけです。
たとえ、その中身である内容や文章は自分の頭で考えたものだったとしても、入口が手抜きなら中身も手抜きだと思われてしまいます。
自分の個性を出さなければいけない場所で、わざわざAI感丸出しの画像を選ぶ感覚が僕には分かりません。
商品やサービスを販売する段階でもそうです。
「この人も、結局はAIに丸投げしてラクして稼ぎたいだけなんだろうな」と思われたら、もう財布は開いてもらえません。
別に綺麗である必要はないんです。
僕のサムネイルを見てみてください。

すごくシンプルですよね?
凝ったデザインではありませんが、AIっぽさは一切ないはずです。
大事なのは「画像が綺麗に整っていること」ではなく「ちゃんと自分で考えて作っているんだろうな」という手触り感です。
AI画像でごまかすくらいなら、文字だけのシンプルな画像の方が、よっぽど誠実さが伝わります。
AIに使われる発信者に価値はない
別に「AIは一切使うな」と言いたいわけではありません。
僕自身もAIはメチャクチャ活用しています。
この記事の元になった動画台本だって、実はAIを使って作成したものです。
ですが、ここで勘違いしないでほしいのは、僕は別にAIに丸投げしたわけではないということです。
具体的には以下の方法で作りました。
サムネイルを先に作ってテーマを固める
目の前に聞き手がいると想像して、スマホに向かって喋り倒す
言い間違いや「えーっと」などのノイズも気にせず、とにかく自分の言葉を出し切る
その音声ファイルをAIに渡し「文字起こししてエッセンスを抽出して」と指示を出す
このやり方であれば、出力された文章には僕の心、魂が宿ります。
AIがやっているのは、ただ単に僕の中から出てきた生の言葉や感情を整理しているだけだからです。
一方で、絶対にやってはいけないのが、AIに中身まで考えさせることです。
AIに「ダイエットについて書いて」と丸投げして出てきた文章は、それはあなたの意見ではなくAIの意見ですよね。
そうなると、読者・視聴者からすれば「そんな答えしか出せないなら直接AIに聞くからいいよ」となってしまいます。
AIはあくまで効率化のための道具です。
すぐに簡単に答えが出力されるからといって、それをそのまま使うのは効率化ではなく、ただのサボりです。
AI時代は経験が価値になる
これからの時代、情報発信で生き残るために必要なのは、正しい情報を発信することでも綺麗な画像を用意することでもありません。
綺麗事じゃないエピソードです。
例えばダイエットについて発信するとしましょう。
AIに聞けば「バランスの良い食事と適度な運動が大事です」といった、100点満点の正論が返ってきます。
でも、そんな誰が言っても同じことに読者は心を動かされるでしょうか?
読者が本当に知りたいのは、もっと泥臭い部分です。
「仕事のストレスでどうしても我慢できなくなって、深夜にドカ食いしてしまった」
「その後、鏡を見てメチャクチャ後悔して泣きそうになった」
「そんなダメな自分が、どうやってまた立ち上がったのか」
こうした、AIには絶対に出せない血の通った経験を盛り込んでいくんです。
たとえ世の中で「効果がある」と言われている方法でも「自分はやってみたけど、正直あんまり効かなかったんですよね」という本音を話していいんです。
100%誰にでも当てはまる正解なんて、この世には存在しません。
だからこそ、あなたが実際に体験してどう感じたか、という主観にこそ価値が宿ります。
ダメな部分までさらけ出すのは勇気がいることかもしれません。
ですが、その不器用で人間味のある発信こそ、あなたが情報を発信する意味になるんです。
効率化とサボりを履き違えるな
AIはたしかに便利です。
しかし、属人性が見えなくなった瞬間、情報発信としての価値はゼロになります。
「効率化」という名の手抜き・サボりをしない
AIは丸投げする相手ではなく、自分の経験や考えを形にするための道具にする
綺麗な正論ではなく、泥臭い経験をさらけ出す
これこそが、情報が溢れかえる今の時代に、選ばれる発信者であり続けるための唯一の道です。
不器用でも、センスがなくてもいいんです。
自分の頭で考え、自分の言葉で伝える。
その温度感が、あなたが発信する情報の価値になります。
